ヒダ ヒツキ

時々日常的駄文投稿。

お金を追うのをやめたら自由になった

ヒダ ヒツキ



今朝はベランダでチェダーチーズのトーストとアイスコーヒーを飲んで夏空を眺める。まだ涼しい風が吹いてるけど、日中は36度の予報。


こうして、ベランダの椅子に座って風に吹かれながら、空や遠くの景色を眺めていると「自由だな」と感じる。


経済的自由と時間の自由は両立しにくい。僕は経済的自由より時間と精神的な自由を選んだ。


毎日何もせず気の向くままに生きて、お金も無制限に使えるというのは理想だけど、多くの場合、経済的自由を得るには働く時間を増やす必要がある。しかも、それでお金を好きなように使える経済的自由を得られる人はごく僅か。


さらに、経済的自由を選ぶと精神的な自由を得るのは難しくなる。僕も以前は自営業で月収が300万とか400万になったことがあって、確かにお金の余裕は精神的な余裕にも繋がっていたけど、それは自由ではなかった。


「経済的自由を維持するために」と朝から寝るまで、そして休日も関係なく一日中パソコンを使い続ける日々で、まったく気づかないうちに鬱になっていた僕はついに仕事ができなくなり、皮肉なことに経済的に不自由になって離婚した。まったく意味不明。


だから、人生の大半をお金を得ることに消費するなんてもったいと思うようになり、経済的自由よりも時間と精神的な自由を選んだ。


これは経済的自由を追い求めるより遥かに簡単なことだ。使えるお金は激減するけど、実はここに別の「経済的自由」もある。つまり、「お金を稼ぐことからの自由」だ。これは使えるお金が増えるよりもはるかに自由になれる。


お金があった頃は物欲まみれで際限なく欲しいものがあったのだけど、お金がないと欲しいものは自然と消えていく。それらは別になくても困らないモノということだ。


一応マンションの最上階でメゾネットに住んでいるというと、貯金がシコタマあるんじゃないかと思われるかもしれないけど、家賃は35,000円。見晴らしも風通しもいい。日当たりは良すぎて、冬になると暑くてカーテンを閉めるほど。


服なんてユニクロとしまむらで十分だと思うし、髪は1,400円カット。元々人付き合いはしないので、余計な出費も発生しない。自由に使えるお金はサラリーマンの小遣いの平均以下だけど、通勤ややりたくない仕事をしなくて済む方がよほど自由だろう。


今朝は本当に空が綺麗なんだけど、経済的自由を追い求める人にはまったく意味のないものだろう。



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